前歯は腎臓、犬歯は肝臓。誰が決めた?〜歯科の黒歴史・もう一つの説〜
- 「歯1本ごとに臓器が対応する」というあの図が、いつ・どこで・誰の手で作られたか
- 東洋医学(本家)の古典が、歯について実際に書いている範囲
- その図とセットで使われた測定法を科学がどう測ったか(そして、図そのものは測られていないこと)
- 日本に入ってくるまでに、その図に何が起きたか(「ドイツのヨハン博士」の正体)
- 前回のチェックポイント(関連か因果か)に足す、2つめのチェックポイント
「前歯は腎臓、犬歯は肝臓、親知らずは心臓」。歯の並びに臓器の名前が振られた図を、どこかで見たことがあるかもしれません。健康雑誌の特集にも、SNSにも、歯科医院のブログにも載っています。似た図がもう一つあります。そちらは歯ではなく歯ぐきに点が並んでいて、「ここが胃、ここが肝臓」と説明が付いている。「歯ぐきにはツボが40か所ある」という言い方で紹介されることが多い図です。
前回、この相談室で歯科最大の黒歴史〜病巣感染説〜を書きました。口の中の感染こそが全身の病気の原因だとされ、関節の痛みから精神の病まで、あらゆる不調の治療として健康な歯が抜かれた、100年前の話です。あの記事は、こう終わっていました。「これは過去の笑い話に聞こえるかもしれませんが、あなたの身近なところでも尾を引いているかもしれません」。
その身近なところの一例が、冒頭の図です。ただし前回とは、読者の受け取り方が違います。100年前の抜歯の狂乱は、読めば笑えます。この図は笑えません。「東洋医学の経絡に基づく」と説明が添えられていることが多く、何千年もの由緒があるように見えるからです。
先に断っておきます。この記事は東洋医学(本家)を否定するものではありません。鍼灸が効くかどうかの話でもありません。ここでいう本家とは、中国の古典から受け継がれてきた体系そのものを指します。この記事で調べたのは、「歯1本ごとに臓器を割り当てた、あの表」が誰の手で、いつ作られたのかということです。
「はいはい、そんなわけ無いでしょ」と冒頭の図を否定するのは簡単です。ただ、否定しただけでは、この図がどこから来て、なぜこれほど広まったのかは分からないままです。出どころを一次の資料まで辿ると、行き着いたのは1960年代の西ドイツでした。健康の情報で似た図を見かけたときに、どこを確かめればよいか。その手順と、現代の歯科医療への教訓を、この記事でお伝えします。
01まず、古典は歯について何と言っているか
対応表の説明には、たいてい「経絡」(体の中を気がめぐるとされる道筋)という言葉が出てきます。それなら、まず古典に当たるのが筋です。経絡の記述のもとになっているのは、中国の古典医書『黄帝内経』の後半にあたる『霊枢』の「経脈篇」で、ここに歯がどう出てくるかを原文で確かめました。
歯に入っていく経脈は、2本あります。手陽明大腸経について、原文は「その支なる者は、缺盆より頸に上り、頬を貫き、下歯の中に入る」と書きます。下の歯列です。足陽明胃経は「鼻の交頞中に起こり…上歯の中に入る」で、こちらは上の歯列にあたります。その経脈が病んだときに出る症状(病候)にも、歯痛が挙がっています。
一次資料(古典の原文) 経絡の原典にあたる古典の該当箇所です。手陽明大腸経は「其支者,從缺盆上頸,貫頰,入下齒中,還出挾口,交人中,左之右,右之左,上挾鼻孔」、病候は「是動則病齒痛,頸腫」。足陽明胃経は「胃足陽明之脈,起於鼻之交頞中,旁納太陽之脈,下循鼻外,入上齒中,還出挾口環唇,下交承漿」(『黄帝内経 霊枢』経脈篇)。原文は中国哲学書電子化計画の所収テキストで確認し、学術訳は未入手のため、日本語訳は生成AIによる大意です。
同じ趣旨は、経絡の記述を機械で扱える形に整理した査読論文にも書かれています。
エビデンス:中 経絡の経路を構造化データにした論文は、「『下の歯』は大腸経の経路上の重要な部位である」「『上の歯』は胃経の経路の一部である」と記述しています(Xu 2024)。

経脈篇のなかで「齒」の字が出てくる箇所は、ほかに2つだけです。手陽明の絡脈が頬に曲がって歯におよぶとして齲(むし歯)や歯の冷えに触れる箇所と、腎の気が尽きたときに歯が長く見えて垢がつく、とする箇所。全出現を機械で拾って確かめた結果、古典が歯について言っているのは、上下2つの歯列と経脈の通り道、それに歯痛や歯の変化が病候として現れる、というところまででした。
歯1本ごとに臓器を割り当てる表は、経脈篇にありません。前歯が腎臓で犬歯が肝臓、という細かさの記述は出てこないのです。では、あの細かい割り当てはどこから来たのでしょうか。
02表が作られたのは、1960年代の西ドイツだった
辿っていくと、20世紀半ばの西ドイツに行き着きます。
ラインホルト・フォル(1909-1989)というドイツの医師がいました。1953年から、皮膚に電極を当てて電気の通りやすさを測る装置を技師とともに作り、これを「フォルによる電気鍼」(ドイツ語の頭文字をとってEAV)と名づけます。1956年には国際学会も設立されました。
当事者の記述+総説 EAVの学会が公式サイトに載せている沿革は、「1953年から電気鍼を開発した」「1956年にフォル式電気鍼の国際医学会が設立された」と記しています。1953年に技師フリッツ・ヴェルナーと針を使わない測定器を設計した経緯は、鍼灸系の学術誌の総説にも記述があります(MGSR-EAV e.V. 公式サイト沿革/Oliveira 2016)。
ここで見落とせないのは、フォルが伝統の体系をそのまま使ったわけではない点です。古典の経絡は12本ですが、フォルはそこに、自分が見つけたという8本を足しました。リンパ、神経系、アレルギー、臓器系、関節、線維腫、皮膚、脂肪組織。古典には無い名前が並んでいます。
エビデンス:中 EAVの理論的背景を整理した総説は、「フォルは8本の追加の経絡と、多数の新しい経穴、既存の経穴の新しい機能を発見した」と記述しています(Hong 2019)。
歯と臓器を結ぶ表そのものは、フォルと、ニュルンベルクの歯科医フリッツ・クラーマー(1920-2001)の仕事として刊行されます。ドイツ国立図書館の目録で辿れるいちばん古い刊行物は1966年、『歯に由来する病巣と、臓器および組織系との相互関係』という、紙11枚の薄い冊子でした。1968年にクラーマー、トムセン、フォルの共著が出て、1978年には表だけをまとめた一覧が出ています。
書誌のみ(原本未入手) 対応表の刊行の系譜です。ドイツ国立図書館(DNB)の目録で書誌を確認しました。原本は入手できておらず、確認できたのは書名・刊行年・分量までです(Voll 1966/Kramer, Thomsen, Voll 1968/Voll 1978)。
ドイツ語圏の専門書も、この表の成立を1960年代と書きます。
専門書・機関誌の記述 歯科医院での鍼を扱ったドイツ語の専門書は、「1960年代のフォルとクラーマーの研究のおかげで、EAVによって歯と臓器の関係が見出され、解き明かされた」と書いています。同じ年代の記述は、ドイツ歯科医師会の機関誌に載った解説にもあります(「1960年代に登場した電気鍼(EAV)」・Hieber 2009/Gleditsch 2017)。
つまりこの表は、伝統医学の古文書から出てきたものではありません。古典の語彙(経絡、陰陽、臓腑)を借りながら、20世紀半ばに、電気の測定値をもとに新しく組み立てられたものです。日本語の説明が「東洋医学に基づく」と書くとき、その「基づく」が指しているのは、借りてきた語彙のほうです。
版どうしを並べると、中身が食い違う
作られ方がもう一つ見えるのは、複数の版を突き合わせたときです。
ドイツ語圏で配られている表を2つ並べると、切歯(前歯)が腎・膀胱、犬歯が肝・胆、親知らずが心・小腸という点では一致します。ところが小臼歯(前から4・5番目)と大臼歯(6番目から奥)の割り当てが食い違う。一方は「上顎と下顎では、小臼歯と大臼歯がいわばその対応を交換する」と説明し、上顎の小臼歯を肺・大腸、上顎の大臼歯を胃・脾に割り当てます。もう一方は上下の区別を置かず、小臼歯を肺・大腸、第一大臼歯を胃・脾・膵とします。副鼻腔の行も、篩骨洞(目と目のあいだの空洞)と書く表と前頭洞(額の空洞)と書く表があり、内分泌腺(下垂体、松果体、乳腺)の行や脊椎の行を持つ表と、持たない表がある。ある表では、陰と陽に分けて並べた2つの行のあいだで、同じ1枚の紙の中なのに臓器が食い違っていました。
当院の実査記録 ドイツ語圏で配布されている歯と臓器の対応表2点(PDF)と、ドイツ語の解説記事2件を開いて突き合わせた結果です。逐語の一例は「上顎と下顎の小臼歯・大臼歯は、いわばその対応関係を交換する」。表の1点は14番・15番の歯を篩骨洞に、もう1点は15番・14番を前頭洞に割り当て、後者だけが「腺」「椎骨」の行を持ちます(2026-08-23に開封して比較。商用ポスターの画像は当院サイトには掲載しません)。
米国の医療批判サイトは、この現象をこう捉えています。
査読を受けていない批判サイト 歯と臓器の対応表を扱った記事は、「特定の歯に『対応する』とされるものは、表によって大きく異なる」「50種類を超える異なる表が存在する」と記述しています(Barrett, Quackwatch 2014)。同じ数え方をした査読文献は、探した範囲では見つかっていません。
実際に測って写し取った表なら、版が変わっても中身は揃うはずです。ここで起きているのは、その逆でした。
03科学は、この測定法をどう検証したか
表とセットで使われた測定器のほうには、検証の記録があります。皮膚の電気抵抗を測って体の状態を判断する方法(電気皮膚検査)は、主にアレルギーの診断に使えるという触れ込みで欧米に広まったので、アレルギー学の側が調べました。このあとに出てくる各国の指針が「ベガ検査」と書いているのも、この方法のことです。
エビデンス:強 皮膚プリック試験で陽性だった15人と陰性だった15人を、3人の検者・3回のセッション・6種類の検体で調べた二重盲検試験です(実施回数1,584回)。「電気皮膚検査は、アトピー体質の人とそうでない人を区別できなかった」「電気皮膚検査を環境アレルギーの診断に使うことはできない」と結論しています(Lewith 2001)。
翌年、イタリアからも同じ方向の報告が出ています。
エビデンス:強 アレルギー患者72人と健常者28人を対象に、中身を伏せたバイアルを各2回ずつ測った二重盲検・プラセボ対照の試験です。アレルゲンと陰性対照とで差が出ず、「盲検下では、この生体電気的方法は呼吸器アレルギーを正しく検出できない」と結論しています(Semizzi 2002)。
この分野の来歴で興味深いのは、1997年に一度、肯定的な結果が出ていることです。17人で82%、24人で96%の一致率を報告した二重盲検の試験がありました。その共著者を含む同じグループが、規模を上げてやり直したのが、先ほどの2001年の試験です。結果は覆りました。
二重盲検(小規模・のちに覆る) 電気皮膚検査でアレルギーを識別できたと報告した試験は、「本研究の文脈においては、電気皮膚検査は識別の信頼できる方法である」と結論していました。共著者のうち1名は、4年後により大規模な試験で反対の結果を得た2001年の論文の筆頭著者です(Krop 1997)。
各国の診療ガイドラインや公的機関の判断も、そろっています。英国のNICEは食物アレルギーの診療ガイドラインで、この検査を診断に使わないよう名指しで書いています。
診療ガイドライン 英国国立医療技術評価機構(NICE)の食物アレルギー診療ガイドラインは、推奨1.1.18に「食物アレルギーの診断において、以下の代替診断検査を用いてはならない。ベガ検査、応用運動学、毛髪分析」と記載しています。根拠のレビューでは「ベガ検査の有用性についての証拠は見出されなかった」と記録しています(2018年の再確認でも新しい証拠なし・NICE CG116)。
米国とオーストラリア、そしてドイツの学会も、書き方は違いますが同じ側に立っています。診断的な妥当性の証拠が無い、という言い方をする文書もあれば、実施すべきでない、と踏み込んで書く文書もあります。
診療ガイドライン・学会見解 米国アレルギー・喘息・免疫学会と米国アレルギー・喘息・免疫学会議の診療パラメータは、要約文154で「診断的妥当性の証拠がない手技」として電気皮膚検査を挙げ、「電気皮膚検査(ベガ)は、その理論的根拠が不確かで証拠に基づかないため、推奨できない」と述べています(Bernstein 2008)。オーストラリアの臨床免疫アレルギー学会も2021年の見解文書で「ベガ(電気診断)検査=証拠レベルII・不正確な検査」と分類し、ドイツのS2kガイドラインは「バイオレゾナンス、電気鍼、キネシオロジーなどの診断検査は実施すべきでない」と強い合意で記載しています(ASCIA 2021/Worm 2021)。
生まれた国での扱いが、いちばん端的かもしれません。ドイツの公的医療保険には「保険で行ってはならない方法」の一覧があり、その第1項に「フォルによる電気鍼」が載っています。
公的文書(ドイツの保険規則) ドイツの公的医療保険の給付を定める連邦共同委員会(G-BA)の指針の付属文書IIは、「公的保険の負担で保険医の給付として行ってはならない方法」の第1項に「フォルによる電気鍼」を挙げています(2026年4月9日施行版・88頁)。連邦公務員の医療費補助を定める規則でも、完全に補助の対象外となる方法として同じ名前が挙がっています。

ここで、前回のチェックポイントに一段足します
ここまでで否定されたのは、測定器のほうです。では、表そのもの、つまり「この歯が悪いと、この臓器に不調が出る」という対応関係は、どう検証されたのでしょうか。
検証した臨床研究が、見つかりませんでした。

研究が見当たらない 医学文献データベース(PubMed)で16通りの検索式を回し、該当する研究の有無を確かめた記録です(2026-08-23)。「tooth meridian」「dental meridian」「tooth-organ relationship」「interference field+tooth」などの検索式はいずれも0件でした。「Voll+tooth」で出た5件は症例集や表題のみの独語文献で、「tooth+meridian+無作為化・対照・盲検」で出た1件は歯痛への鍼のツボ選択を比べた試験であって、歯から臓器疾患への因果を検証したものではありません。日本語文献のデータベース(J-STAGE)でも該当はありませんでした。唯一PubMedに収載されている「臨床」報告(Abasova 2009)は、100人に適用したという報告であり、盲検や対照の記載はありません。
前回の記事で、「関連がある」と「因果がある」は別物だ、というチェックポイントをお伝えしました。今回は、その手前にもう一段の区別が要ります。調べたうえで否定されたのか、そもそも調べられていないのか、です。
電気皮膚検査は前者にあたります。二重盲検の試験があり、偶然と区別できませんでした。歯と臓器の対応表そのものは後者です。否定されたのではなく、検証が見当たらない。この2つを混ぜて「科学的に否定された図」と書いてしまうと、こちらの側が、確かめていないことを確かめたように言うことになります。
04日本に入ってくるまでに、何が起きたか
日本語で読める最初の接点は、意外に古いところにあります。1965年、フォル本人の論考が日本の学会誌に日本語で載っていました。
書誌(表題・著者名) フォル自身の論考の日本語掲載です。表題は「電気鍼は自然療法であるか?」、著者名の表記は「フオール R.」です(学会誌『良導絡』1965)。
ただし、いま日本語のウェブで流通している図が、この経路だけで入ってきたわけではありません。辿ると、出どころの違う2つの図が流れ込み、混ざっています。
1つ目は、ここまで見てきたフォルとクラーマーの表です。対応するのは「歯そのもの」で、上顎の第一小臼歯、下顎の第二大臼歯、というように歯の位置ごとに臓器が振られます。日本語版で気になるのは、ドイツ側が本質だと考えている上顎と下顎の区別が、たいてい落ちていることです。ドイツ語の解説が「上顎と下顎で対応が入れ替わる」と説明しているところで、日本語の図は「小臼歯は肺・大腸、大臼歯は胃・脾」と一列にまとめてしまっている。日本語のあるページでは、ドイツ語のどちらの版とも上下が逆になっていました。
2つ目に流れ込んだのは、歯ぐきのほうの図です。ドイツの医師ヨッヘン・M・グレディッチが、口の中の粘膜に鍼点を置く方法(口腔鍼)を作っており、こちらは歯ぐきに点が並びます。「歯ぐきにはツボが40か所ある」という言い方は、歯の対応表ではなく、こちらの口腔鍼から来ています。
書誌のみ(本文未入手) 日本の学会誌に載ったグレディッチの口腔鍼の論考です。本文は入手できておらず、書誌のみ確認しました。著者名は「グレディッチ ヨハン」と表記され、所属は「ドイツ医師鍼治療学会」と記載されています。同じ人物の口腔鍼について、ドイツ語の歯科情報サイトは「グレディッチによる口腔鍼は、ドイツの医師で鍼灸師の J. M. グレディッチが確立した診断・治療の方法である」と説明しています(日本歯科東洋医学会誌 2004)。
ここが今回いちばん確かめたかったところです。日本語のウェブには「ドイツの医師、ヨハン博士が作成した歯ぐきのツボ分布図」という説明が、繰り返し出てきます。ヨハン博士とは、誰でしょうか。
答えは、人ではなく表記でした。図を載せているあるページが出典をきちんと書いており、そこには「参考;ヨハン・グレディッチ. 歯科学における鍼治療 口腔鍼治療. 日本歯科東洋医学会誌. 2004, vol. 23, no. 1-2, p. 37」とあります。学会誌に載った著者名の表記は「グレディッチ ヨハン」で、姓が先、名が後の順です。これを逆に読むと、名のほうが姓に見える。ヨッヘンの日本語表記である「ヨハン」が、そのまま「ヨハン博士」という一人の人物になったわけです。実在するのは、口腔鍼を作った医師 Jochen M. Gleditsch のほうです。
出典表記の照合 「ヨハン博士」の名とともに図を掲載しているページのうち1件が、出典を明記していました。そこから2004年の学会誌の書誌に辿れます(出典表記の逐語=「参考;ヨハン・グレディッチ. 歯科学における鍼治療 口腔鍼治療(Acupuncture in Dentistry: Oral Acupuncture). 日本歯科東洋医学会誌. 2004, vol. 23, no. 1‐2, p. 37」)。この記事では、図を掲載している国内のサイト名・医院名・企業名・個人名は書きません。書誌の実体は、上に挙げた『日本歯科東洋医学会誌』23巻1号 p.37 です。
定型句は、もう一つあります。「全身の疾患の9割が歯と関連していると言われています」。この9割を辿ろうとすると、一次資料に着きません。
販売ページの紹介文(典拠なし) 英語圏で辿れるいちばん古い形は、1999年に米国で出た書籍の紹介文にある「およそ80%」でした。「著名なドイツの医師フォル博士は、あらゆる病気のおよそ80%が、口の中の問題と全部または一部つながっていると推定した」という一文です。この紹介文に典拠の記載はなく、書籍の本文も入手できていません。フォルに帰属する形での「90%」は、EAVの歴史を扱った総説、EAV学会側の記念文書、批判側の書籍のいずれにも見当たりませんでした(Breiner 1999 の販売ページ紹介文)。
出どころの記されない推定が「80%」として英語圏に出て、日本語では「9割」の形で、「と言われています」という語尾とともに残っている。伝言ゲームの途中経過が、そのまま見えます。
歯ぐきのマッサージそのものは、別の話です
一つ切り分けておきます。この記事が疑っているのは「歯ぐきのどの点が、どの内臓に対応するか」という割り当てのほうで、歯ぐきをマッサージすること自体ではありません。
書誌(題名) 国内には歯肉マッサージを扱った研究がいくつかあり、調べられてきたのは歯肉の血流や微小循環、歯肉炎の程度、リラクゼーションの効果です(神奈川歯科大学の博士論文2019年ほか、2001年以降の学会誌の報告を書誌で確認)。内臓の機能が変わるかどうかを検証した国内研究は、検索した範囲では見つかりませんでした。局所について調べた研究があることと、内臓に効くと言えることは、別の事柄です。
052つの説は、どこで近づいたか
前回の記事が扱ったのは、細菌の説でした。口の中の感染が全身に毒をばらまくという考えで、抜歯の狂乱を生み、1940年代から50年代にかけて、対照を置いた検証に耐えられずに退場しました。今回の表は電気の測定から生まれた説で、出どころは別のところにあります。
ただ、この2つは早い時期に近づいています。EAVが歯科の雑誌に載ったときの表題が、それを示しています。
書誌・表題のみ EAVが歯科領域で「病巣(Herd)を見つける道具」として紹介された初期の論文です。1969年のドイツの歯科誌に載ったクラーマーの論文は、表題が「電気鍼を用いた病巣感染の診断」。フォル本人も1972年に「頭部の病巣感染がもつ大きな医学的重要性」を論じています。いずれも独語で、確認できたのは書誌と表題までです(Kramer 1969/Voll 1972)。
現代の姿については、査読誌の総説に記述があります。カナダ歯科医師会の学術誌に載った「非通常的な歯科」の連載は、いわゆるホリスティック歯科の主な宣伝文句として、根管治療による病巣感染、アマルガムの毒性、口腔ガルバニズム(口の中の異なる金属のあいだに電流が生じるとする説)を挙げ、これらが「証明されていない生体適合性検査や電気診断の検査と、何らかの形で結びついている」と述べています。
エビデンス:中 通常と異なる歯科の診療と製品を扱った総説は、「ホリスティック歯科の主な宣伝には、NICO、アマルガム毒性、根管治療由来の病巣感染、全身疾患を起こすとされる口腔ガルバニズムがある」「これらの証明されていない理論は、電気診断やその他の証明されていない『生体適合性』検査と何らかの形で関連している」「ホリズムは正当な概念だが、いんちき療法のマーケティング用語になってしまった」と記しています(NICO=あごの骨に空洞ができて神経痛を起こすとする説/Goldstein & Epstein 2000)。
100年前の「どの歯が毒か」と、70年前の「どの歯がどの臓器か」。問いの形は違いますが、どちらも歯を全身の不調の原因とみなし、歯を見て全身の状態を判断しようとします。前回の記事が扱った説と今回の説は、20世紀の後半に、同じ宣伝文句の中に並ぶようになりました。
日本の学会や行政の文書は、どちらについても何も言っていません。ここは正確に書きます。認めてもいないし、否定してもいない。触れた文書そのものが見当たりません。
全文検索の記録 日本歯科医学会が出した歯周病の治療についての基本的な考え方(令和2年3月・全9頁)は、本文を機械で抽出して全語検索したところ、経絡・ツボ・臓器・マッサージのいずれも0件でした。書かれているのは「歯周病およびその治療が糖尿病、冠状動脈心疾患、誤嚥性肺炎などを始めとする全身性疾患に影響を与えることも明らかになってきている」という範囲です(前回の記事で見た「関連」の範囲と一致します)。厚生労働省の統合医療情報サイトも、鍼治療の項に経絡や気の説明を置かず、「鍼治療の作用は完全には解明されていません」と書いています。
見つからなかった記録 対応表そのものについて、注意を促した公的文書も、是認した公的文書も、検索した範囲では見つかりませんでした(2026-08-23)。用いた検索語は「日本歯科医師会 補完代替医療 歯 臓器 対応 経絡 見解 注意」「国民生活センター 波動測定器 電気鍼 診断 歯科 注意喚起」「全日本鍼灸学会 東洋医学会 経絡 科学的根拠 見解 声明」ほか5系統です。見つからなかった、という記録であり、存在しないことの証明ではありません。
06チェックポイントが、2つになりました
前回お伝えしたチェックポイントは、「関連」と「因果」を言い分けているか、でした。今回はその手前に、もう1つ足します。出どころを、一次まで辿れるか。
今回の図について辿れたことを並べると、こうなります。古典に書いてあるのは、上下2つの歯列の話まで。歯1本ごとの割り当ては、1960年代の西ドイツで、新しく足した経絡と電気の測定値をもとに作られた。版ごとに中身が食い違い、50種を超える表があると数えられている。測定法のほうは二重盲検の試験で偶然と区別できず、生まれた国の公的保険では給付禁止の一覧の第1項に載っている。歯と臓器の因果そのものは、検証した研究が見当たらない。日本語では2つの図が混ざり、上下顎の区別が落ち、80%が9割になり、著者名の姓と名が入れ替わって「ドイツのヨハン博士」という人物ができた。
読者にお伝えできる作業を、一つ書いておきます。もし「ドイツのヨハン博士」の図をどこかで見かけたら、その名前を書誌データベース(CiNii Research や国立国会図書館サーチ)で引いてみてください。ヨハンでは着きません。グレディッチで引くと、2004年の学会誌の1ページに着きます。そこまで辿れば、この図がどういう出自のものか、ご自身の目で見えます。
辿るのに専門知識はほとんど要りませんでした。要ったのは、辿ってみようとすることだけです。ここに、現代の歯科医療への教訓があります。そしてこれは、歯科の話に限りません。「◯◯と△△が対応している」という図は、健康の情報のあちこちにあります。図はきれいで、覚えやすく、説明が要らない。だから、出どころが確かめられないまま長く残ります。
前回の亡霊は、100年前の細菌の話でした。今回の亡霊は、70年前の電気の話です。
当院は、口と全身の関係をご説明するとき、どこまでが確かめられていて、どこから先が確かめられていないのかを分けてお話ししています。歯の治療をお勧めする理由も、その歯そのものの状態で説明します。気になる図や情報をお持ちいただければ、一緒に出どころを見ます(ご相談はLINE/Webから)。
- 東洋医学(本家)の古典(『霊枢』経脈篇)が歯について書いているのは、下の歯列に大腸経・上の歯列に胃経が入るというところまでで、歯1本ごとの臓器の割り当てはありません(原文の「齒」の全出現を確認しました)
- あの表は、1960年代の西ドイツで、医師フォルと歯科医クラーマーによって作られました。フォルは古典の12経絡に独自の8経絡を足しており、表は古典の語彙を借りた20世紀の産物です(目録上の最古の刊行は1966年)
- 表は版ごとに中身が食い違います。上顎と下顎で小臼歯・大臼歯を入れ替える版と入れ替えない版があり、50種を超える表があると数えた記事もあります
- 表とセットの測定法(電気皮膚検査)は二重盲検の試験で偶然と区別できず、英・米・豪・独の指針が診断に使わないよう書き、ドイツの公的保険では給付禁止の一覧の第1項です。ただし「歯と臓器の因果」そのものは、否定されたのではなく、検証した研究が見当たりません
- 日本語のウェブによくある「ドイツの医師ヨハン博士」は、2004年の学会誌の著者名表記「グレディッチ ヨハン」の姓名の取り違えです。「9割」は一次に辿れず、英語圏で辿れる最古は1999年の書籍の紹介文の「80%」(典拠の記載なし)でした
- 現代の歯科医療への教訓は、確かめる手順が1つ増えたことです。チェックポイントは2つになりました。「関連」と「因果」を言い分けているか(前回)と、出どころを一次まで辿れるか(今回)です
- 『黄帝内経 霊枢』経脈篇(原文は中国哲学書電子化計画 ctext.org 所収のテキストで確認。学術訳は未入手のため、日本語訳は生成AIによる大意)
- Xu T, et al. Database (Oxford). 2024;2024:baae083.(経絡経路の構造化データ)DOI 10.1093/database/baae083.
- Oliveira A. Electroacupuncture According to Voll: Historical Background and Literature Review. Meridians: The Journal of Acupuncture and Oriental Medicine. 2016 Winter:5-9.(総説)
- Internationale Medizinische Gesellschaft für Elektroakupunktur nach Voll(MGSR-EAV e.V.)公式サイト沿革.(当事者による自己記述)https://eav.de/die-methode-elektroakupunktur-nach-voll-eav/
- Hong HG. OBM Integrative and Complementary Medicine. 2019;4(1):019.(総説)DOI 10.21926/obm.icm.1901019.
- Voll R. Wechselbeziehungen von odontogenen Herden zu Organen und Gewebssystemen. Uelzen; 1966.(ドイツ国立図書館目録で書誌のみ確認・原本未入手)
- Kramer F, Thomsen J, Voll R. Histologische, bakteriologische, statistische und kasuistische Beiträge zum odontogenen Herdgeschehen. 1968.(同上)
- Voll R. Tabellen über energetische Wechselbeziehungen von Odontonen zu Organen und Gewebssystemen. 1978. ISBN 3-88136-065-4.(同上)
- Hieber G. Akupunktur in der Zahnarztpraxis. Spitta; 2009. ISBN 978-3-938509-64-7.(版元公開の試し読みPDFで確認)
- Gleditsch J. Zahnärztliche Mitteilungen. 2017;(1).(ドイツ歯科医師会機関誌の解説)
- Barrett S. Quackwatch(2014-11-23更新).(査読を受けていない批判サイト)https://quackwatch.org/dental/questionable/toothcharts/
- Lewith GT, et al. Is electrodermal testing as effective as skin prick tests for diagnosing allergies? A double blind, randomised block design study. BMJ. 2001;322(7279):131-134.(二重盲検試験 n=30・実施1,584回)PMID 11159567. DOI 10.1136/bmj.322.7279.131.
- Semizzi M, et al. A double-blind, placebo-controlled study on the diagnostic accuracy of an electrodermal test in allergic subjects. Clin Exp Allergy. 2002;32(6):928-932.(二重盲検・プラセボ対照試験 n=100)PMID 12047441.
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