読む相談室 > 第1情報を見分ける 歯科最大の黒歴史〜病巣感染説〜
CHAPTER 1情報を見分ける

歯科最大の黒歴史〜病巣感染説〜

この記事で分かること
  1. 100年前、「口の中の感染が全身病の原因」という説のもとで、歯や扁桃が広く取られました。
  2. 退けられた理由は着想の誤りというより、対照を置かずに逸話だけで進めたやり方でした。
  3. いま確定しているのは「独立して関連する」まで。介入で効果が示されたのは糖尿病の血糖だけです。
  4. 見分けるチェックポイントは1つ、「関連」と「因果」を言い分けているかです。

「昔の歯医者は、悪い歯が全身の病気の原因だと考えて、歯を抜きまくっていたらしい」。そんな話を聞くと、遠い時代の笑い話のように感じるかもしれません。でも実際、100年ほど前の医療は、この理屈で本当にたくさんの歯を抜きました。むし歯や歯周病を治すためではありません。関節の痛みや原因のわからない発熱まで、全身の病気を治すつもりで、健康な歯まで抜いたのです。

その考えの名前を「病巣感染説(focal infection theory)」といいます。口の中にある感染の"巣"こそが、全身のさまざまな病気の原因だ、とされた説です。関節リウマチにも、原因のわからない発熱にも同じ理屈が当てはめられ、歯科の歴史のなかで、いちばん多くの歯が理由もなく失われたかもしれない時代をつくりました。まずは、この"黒歴史"がどう始まり、どう終わったのかをたどってみましょう。

01はじまりは、まっとうな話だった

意外かもしれませんが、この説の出発点は、それほど乱暴なものではありませんでした。口の中の不調と体の不調がつながる、という発想そのものは古く、紀元前のギリシャにさかのぼります。

エビデンス:中 病巣感染説の歴史を扱った総説は、この着想の古さに触れています。紀元前400年ごろ、ヒポクラテスが抜歯のあとに関節の症状がおさまった患者を書き残した、という逸話が知られています(Rocca 2020)。

この発想を近代医学に持ち込んだのは、アメリカで研究をした歯科医ウィラビー・ミラーでした。1891年、「感染の入り口としての口」という論文で、口の中の細菌が体のあちこちの病気に関わりうると論じます。ただしミラー自身は「だから歯を抜け」とは言っていません。感染した根の中を治療して埋める、つまり歯を残す方向をすすめていました(Miller 1891)。

出発点は「歯を残しながら感染を断つ」でした。ここから話がどう転がって、健康な歯まで抜く時代になったのか。ねじれは、次の一言から始まります。

02「金の霊廟」という宣戦布告

1900年ごろ、イギリスの内科医ウィリアム・ハンターが、口の中の感染(当時の言葉で「口の敗血症」)こそが全身の病気の主な原因だと唱えます。そして1910年、カナダのマギル大学でおこなった講演で、ハンターはアメリカの歯科医療を名指しで攻撃しました。当時さかんに入れられていた金の詰め物や被せ物を、その下で膿む感染を隠す「金の霊廟(mausoleums of gold)」と呼び、歯を守るはずの保存治療を「保存歯科ではなく、敗血症の歯科と呼ぶべきだ」と言い放ったのです。

エビデンス:弱 ハンターが口の感染を全身病の主因として論じた講演の記録が残っています。表題そのものが主張を示しています(「医学における敗血症と防腐の役割、そしてその主因としての口腔敗血症の重要性」・Hunter 1900/1911)。

歯を残す治療そのものが、「感染を体に閉じ込める行為」として攻撃されました。針は、大きく「抜く」ほうへ振れていきます。

03「病巣感染」と名づけられ、"証拠"がつくられる

ハンターの主張は、アメリカの内科医フランク・ビリングスによって「病巣感染(focal infection)」という枠組みに整えられます。体のどこかにある感染の"巣"から、細菌やその毒素が全身にばらまかれて別の病気を起こす、という考え方です(Billings 1916)。

枠組みには"裏づけ"も添えられました。メイヨー・クリニックの細菌学者エドワード・ローゼナウは、病気の人の口から採った細菌を動物に注射すると同じ病気が出る、と報告します。ただし後年、この実験を追試した研究者たちは、同じ結果を再現できませんでした。桁外れの菌量を注射し、対照を欠いた、雑な作りだったからです。

エビデンス:弱 病巣感染説を"実験で裏づけた"とされた研究です。のちの追試では、対照の欠如・培養の汚染・過大な接種量といった方法上の問題から、同様の全身影響を再現できませんでした(Rosenow 1919)。

そして歯科の側から加わったのが、アメリカの歯科医ウェストン・プライスでした。当時のアメリカ歯科医師会の前身組織で、研究部門を率いた人物です。1920年代、患者から抜いた根管治療済みの歯をウサギの皮下に埋め込むと、患者と同じ病気がウサギにも出る、と主張します。この実験もまた、対照の置き方や細菌の扱いに問題を抱えていました。プライスの名前は、100年後にこの記事にもう一度出てきます。覚えておいてください。

エビデンス:中 米国歯内療法学会の公式声明は、プライスの研究を「免疫や感染についての理解が限られていた100年以上前の、時代遅れの手法による研究」と評価しています(AAE 公式声明)。

当時の「証拠」は、こういう作りでした病気の人の口から細菌を採る動物に注射する桁外れの菌の量で動物が病気になっただから、口の感染が全身の病気の原因だそこに無かったもの比べる相手(対照)を置いていない現実とかけ離れた菌の量培養の汚染追試では再現できなかった比べる相手を置かないと、注射で起きたのか、元からそうなのかが分かりません
当時の実験=Rosenow EC(J Dent Res. 1919;1(3))。方法上の問題と、その後の評価= American Association of Endodontists「The Focal Infection Theory」公式声明、 Murray CA, Saunders WP(Int Endod J. 2000;33(1):1-18・総説。「支えるものが逸話的な証拠しかなく、科学的に対照を置いた研究がほとんどなかった」と記述)。 図は説明のための模式です。

04抜歯の狂乱

理屈が整い、"証拠"らしきものがそろうと、医療は一気に「抜く」ほうへ動きます。関節リウマチや原因のわからない発熱だけではありません。心臓の病、腎臓や膀胱の病、うつ、関節の痛みまで、あらゆる不調の治療として歯が抜かれました。むし歯でも歯周病でもない、一見健康な歯までです。根管治療をした歯は「体の中に毒を残す時限爆弾」のように扱われ、歯を残す歯内療法にとっては長い暗い時代が続きました。

エビデンス:中 米国歯内療法学会は、この説のもとで「さまざまな病気を治そうとする見当違いの試みのなかで、何百万本もの歯が抜かれた」と述べています(AAE 公式声明)。

なぜ、これほど確かな証拠のない説のもとで手が動いたのか。当時をふり返った総説は、その進め方をこう批判しています。

エビデンス:中 病巣感染説の盛衰を振り返った生理学の総説です。「確かな証拠を欠いたまま、適切な症例の選び方を顧みずに臨床家がこの考え方に飛びついた結果、およそ30年でこの説は消えていった」と記しています(Kumar 2017)。

エビデンス:中 病巣感染説の歴史を扱った微生物学の総説は、その盛期に行われた処置を「1930年から1950年ごろに大流行し、感染の巣をすべて除こうと、思い切った外科的介入が行われた」と書いています(Rocca 2020)。

05いちばん戦慄する話、ヘンリー・コットン

この説がどこまで人を動かしたかを、いちばん生々しく示すのが、アメリカの精神科医ヘンリー・コットンです。1907年、30歳の若さでニュージャージー州トレントンの州立精神病院の医長に就いた彼は、精神の病もまた体内の感染が原因だと確信していました。

コットンは、患者の歯を次々に抜きました。それでも治らないと、扁桃、さらに脾臓、結腸、卵巣といった臓器まで、感染していると見なして取り除いていきます。本人は高い治癒率(85%)を主張しましたが、実際の死亡率は3割、集計によっては4割を超えていました。のちに病院の記録を精査した医師は、その成績表が内部で食い違い、主張を裏づけていないことを明らかにします。

エビデンス:弱 20世紀初頭の精神医学における病巣感染説の応用を検証した論文は、当時「病気の原因論から論理的に導かれた治療」として、腸洗浄や、虫垂・結腸の切除、感染していると見なした臓器の摘出が行われたと記録しています(Noll 2004)。

エビデンス:弱 コットンの生涯と実態を病院の記録から検証した歴史研究には、彼が主張した高い治癒率と、実際の高い死亡率(一部の手術群で3割超)との食い違い、1930年に退任するまで手術が続いたこと、そして退任後も危険の少ない処置がトレントンで1950年代の終わりごろまで残ったことが記録されています(Scull 2005)。

驚くのは、当時この試みが賞賛されていたことです。1922年、ニューヨーク・タイムズはコットンの取り組みを「精神と神経の病の全領域について、これまでで最も徹底し、踏み込み、深遠な科学的探究」と評しました。証拠のない確信が、権威ある紙面のお墨付きまで得ていたのです。

なぜ、科学の裏づけを欠いた説が、ここまで通ってしまったのか。社会科学の側から、こんな分析があります。

エビデンス:弱 病巣感染説がなぜ受け入れられたかを社会科学の視点から分析した論文です。「科学的な裏づけを欠いていたにもかかわらず、病巣敗血症の説は歯科の職業集団にすんなり受け入れられ、歯科という職業が一人前の専門職として世間に認めてもらうための後ろ盾に使われた」「医療の理論が受け入れられるかどうかは、その治療効果や科学的な正しさと同じくらい、社会的・経済的な要因によって決まる」と述べています(Dussault & Sheiham 1982)。

説が広まる理由は、科学の中身だけではありません。これは、いまの歯科の情報を見るときにも覚えておいてよい視点です。

06この説は、どう否定されたのか

よくある誤解は「間違った説が、やがて正しい説に置きかわった」という筋書きです。実際に起きたことは、少し違います。

決め手になったのは、感染の巣を取っても病気が治らないことを、対照を置いて確かめた研究でした。1938年、関節リウマチの200例で抜歯や扁桃摘出の効果を検証した報告があります。改善は見られませんでした(Cecil & Angevine 1938)。

1940年には、当時もっとも影響力を持った批判が出ます。副題が立場を言い切っています。「歯や扁桃を見境なく取ることへの反論」(Reimann & Havens 1940)。

Cecil & Angevine 1938 と Reimann & Havens 1940 は、いずれも原本を入手できていません(書誌のみ確定)。上の結論は、査読済みの二次レビューの記述によります。

歯科の側からも、1951年に、感染源としての歯が健康に及ぼす影響を包括的に検証した総括が出て、この説に引導を渡しました(Easlick 1951)。説はやがて医学・歯学の教育課程からも外れていきます。皮肉なことに、この反動こそが「歯をできるだけ残す」専門分野である歯内療法の確立を後押ししました。そして後年の総説は、この説がなぜ退けられたかを、はっきり言葉にしています。

エビデンス:中 歯内療法の視点から病巣感染説の歴史を整理した総説です。「この説が最終的に否定されたのは、その主張を支えるものが逸話的な証拠しかなく、科学的に対照を置いた研究がほとんどなかったからである」「病巣感染説は1900年代初頭の医学文献で有力だったが、歯内療法の進歩を足止めした」と述べています(Murray & Saunders 2000)。

否定されたのは、「口の中と全身がつながる」という着想そのものではありません。対照を置かずに逸話だけで進めたやり方と、そこから出てきた「歯や扁桃を取れば全身が良くなる」という飛躍した理論のほうです。効くはずだという確信で歯を抜き、治らなくてもその確信を見直さない。200例の検証も、「見境なく取るな」という批判も、問題にしたのはこの点でした。

病巣感染説の60年出発点とねじれ抜歯の狂乱検証と否定1891ミラー「感染の入り口としての口」歯は残して、感染した根の中を治す1900・1910ハンター「金の霊廟」歯を残す治療こそ、感染を体に閉じ込めている1907〜1930コットンの摘出手術歯から臓器まで。治癒率85%の主張に対し、死亡率は3割を超えた1916ビリングスが「病巣感染」と名づける感染の巣から全身に病気がばらまかれる、という枠組み1919ローゼナウの動物実験裏づけとされたが、のちの追試では再現できなかった1920年代プライスのウサギ実験根管治療した歯を埋め込む。対照の置き方に問題があった1938・1940対照を置いた検証と、批判関節リウマチ200例で改善なし。「見境なく取ることへの反論」1951イースリックの総括説は引導を渡され、やがて教育課程からも外れていく並びは始まった年の順です。縦の間隔は、時間の長さを表していません
出典は本文の各文献です(Miller 1891/Hunter 1900・1911/Billings 1916/Rosenow 1919/ AAE 公式声明/Scull 2005・Noll 2004/Cecil & Angevine 1938・Reimann & Havens 1940/Easlick 1951)。Cecil & Angevine 1938 と Reimann & Havens 1940 は原本を入手できていません(書誌のみ確定。内容は査読済みの二次レビューの記述によります)。

07科学的検証のあとに残ったもの

では、着想のほうはどうなったのでしょうか。捨てられたわけではありません。科学は、いったん退けたものでも、調べる方法が整えば、あらためて検証します。20世紀の終わりごろ、口の中と全身の関係は「歯周医学(periodontal medicine)」という名前で検証されました。

この検証は、言葉の使い分けの上に成り立っています。いまの合意文書が言うのは「関連がある」までで、「因果がある」とは言っていません。

関連は高い/因果は低い ヨーロッパ歯周病学会と各国家庭医療の団体による2023年の合意報告は、「歯周炎は、心血管疾患、糖尿病、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、睡眠時無呼吸、新型コロナウイルス感染症の重症化と、独立して関連している」と記しています。関連であって、因果を断定するものではありません(Herrera 2023)。

「関連がある」と「因果がある」は、似ていて別物です。関連は「一緒に起きやすい」ということまでを指します。歯周病の人に心臓病が多い、という数の重なりです。重なる理由は一つとはかぎりません。喫煙や加齢のように、両方を引き起こす別の要因が隠れていることもあります。

因果は、片方がもう片方を引き起こしている、という関係を指します。原因のほうを取り除けば結果のほうが減る、というところまで確かめられて、はじめて「因果がある」と言えます。そのためには、片方を治したらもう片方が減った、という介入の証拠が要ります。その証拠が出ているのは、いまのところ糖尿病だけです。

「関連がある」と「因果がある」は、似ていて別物です関連がある= 一緒に起きやすい歯周病心臓病重なる理由は、一つとはかぎりません。喫煙や加齢のように、両方を引き起こす別の要因が隠れていることもあります因果がある= 原因を取り除けば、結果が減る歯周病を治す心臓病は減ったかこの「減ったか」を実際に測った証拠(介入の証拠)が要ります。そこまで確かめて、はじめて因果と言えます歯周病と心臓病について、いま確かめられているのは左の「関連」までです
図は説明のための模式です。歯周炎と心血管疾患の関係は「独立して関連している」まで(Herrera D ほか・J Clin Periodontol. 2023;50(6):819-841・合意報告)、 根尖性歯周炎と心血管疾患は「弱い関連がある」まで (Jakovljevic A ほか・Int Endod J. 2020;53(10):1374-1386・アンブレラレビュー)と報告されています。 歯周治療で心臓病が減ると示したものではありません。

エビデンス:強 歯周治療が血糖にどう影響するかを調べた臨床試験を統合したコクランのシステマティックレビューです(35試験・3,249名)。「歯周炎と糖尿病の両方をもつ人では、歯周治療によって血糖コントロールが臨床的に意味のある程度に改善する」ことを中等度の確実性で示しました。改善の大きさは治療後3〜4か月でHbA1c 0.43%の低下です(Simpson 2022)。

心臓の話はどうでしょうか。根の先の炎症(根尖性歯周炎)と心血管疾患の関係を、複数のレビューをまとめて調べた研究では、こう結論しています。

エビデンス:弱 根尖性歯周炎と心血管疾患の関係を、既存のシステマティックレビューを束ねて検証したアンブレラレビューです。「入手できる中〜きわめて低い質の証拠から、心血管疾患と根尖性歯周炎のあいだには弱い関連がある、と結論する」としています(Jakovljevic 2020)。

100年前と、いまの違いはここにあります。昔は「関連がありそうだ」と「因果がある」を区別せず、確信で歯を抜きました。いまは、関連はどこまで確かか、介入で効くのはどの病気か、その証拠はどのくらい強いかを、一つずつ分けて言えます。歯を抜く技術が進んだからではありません。確かさを測って言い分ける作法が育ったからです。

08いまも尾を引いている

ここまでが歴史です。ずいぶん乱暴な時代だ、いまの自分とは関係のない昔話だ、と思われたかもしれません。でも、話はここで終わりません。ここからが、この記事を書いた理由にあたります。この説は、形を変えて、いまもあちこちに顔を出しています。数え上げればきりがないので、ここでは尾を引いている亡霊を2つだけ紹介します。どちらも、100年前の飛躍が、間違ったまま残っているものです。

1つめ。「根管治療した歯は体を蝕むから抜け」という主張。

これは、退場したはずのプライスの説の亡霊です。1990年代に彼の説を復活させる本が出て、その後、同じ主張を扱った映画が動画配信で広まった時期もありました。いまもインターネットには、健康な根管治療歯を「全身のために抜いたほうがいい」と勧める情報があります。これに対して、歯内療法の専門家の団体は公式に反論しています。

エビデンス:中 米国歯内療法学会の公式声明です。もとになった主張は「免疫や感染についての理解が限られていた100年以上前の、時代遅れの手法による研究に基づく」と指摘し、「根管治療を含む大がかりな歯科治療を受けた人と受けていない人を比べた臨床研究では、さまざまな病気のかかりやすさに差は見られなかった」と述べています(AAE 公式声明/Glassman 1998)。

この記事が扱っている範囲についてこの記事は、特定の人や情報源を名指しして批判するためのものではありません。100年前に否定された説を根拠に健康な歯を抜くよう勧める情報が、いまもあるという事実までを扱います。

2つめ。「歯周病は万病のもと」という言い切り。

これは、1つめとは方向性が少し違いますが、同じ飛躍です。1つめは、100年前に否定された説をそのまま持ち出す話でした。こちらは、いまの科学が確かめた「関連がある」から出発します。出発点そのものは確かです。それでも、先ほど見たとおり、いまの合意が言えるのは「独立して関連している」までで、介入で効果が確かめられたのは糖尿病の血糖(HbA1c 0.43%)だけでした。それを「歯周病を治せば心臓病が防げる」と言ってしまえば、確かめられていないところまで一足で進んで、「関連」を「因果」にすり替えたことになります。出発点は違っても、飛躍の大きさは100年前と変わりません。

飛躍かどうかは、想像ではなく、確かめにいけば分かります。実際に確かめて外れた例もあります。歯周病と早産のあいだには関連が知られていましたが、妊娠中に歯周病を治療しても、早産は減りませんでした。

エビデンス:強 妊娠中の歯周治療が出産の結果を良くするかを調べた無作為化比較試験を統合したコクランのシステマティックレビューです(15試験・7,161名)。「妊娠中の歯周治療が早産に影響するかどうかは明らかでない」と結論しています(37週未満の早産・リスク比0.87・95%信頼区間0.70〜1.10・質の低い証拠)。もとになった大規模試験の一つ(823名)でも、歯周治療は歯ぐきの状態を改善しましたが、早産の危険は変わりませんでした(ハザード比0.93・95%信頼区間0.63〜1.37)(Iheozor-Ejiofor 2017/Michalowicz 2006)。

関連があることと、治せば防げることは、こうして別々に確かめられます。この言い切りは、歯科の広告やSNSで見かけることがあります。読者にとっていちばん身近な「尾」は、ここかもしれません。

いま、どこまで確かめられているか関連があることと、治せば防げることは、別々に確かめられます歯周病との関係関連はあるか治したら減ったかいま言えること糖尿病の血糖関連あり合意報告で「独立して関連」改善したHbA1c 0.43%低下中等度の確実性介入の証拠あり心臓・血管の病気弱い関連中〜きわめて低い質の証拠確かめられていない介入の証拠は出ていない関連まで早産関連は知られていた妊娠中の歯周病と減らなかったリスク比0.8795%信頼区間0.70〜1.10防げる証拠なし同じ「関連がある」でも、治したら減るかどうかは、病気ごとに答えが違います
糖尿病=Simpson TC ほか(Cochrane Database Syst Rev. 2022;(4):CD004714・35試験 n=3,249・治療後3〜4か月)、 心臓・血管=Herrera D ほか(J Clin Periodontol. 2023;50(6):819-841・合意報告)と Jakovljevic A ほか(Int Endod J. 2020;53(10):1374-1386・アンブレラレビュー)、 早産のリスク比0.87(95%信頼区間0.70〜1.10)はIheozor-Ejiofor Z ほか(Cochrane Database Syst Rev. 2017;(6):CD005297・15試験 n=7,161・質の低い証拠)の報告値で、この区間は1をまたぐため、 早産を防ぐ効果があるともないとも言えていません。もとになった大規模試験(Michalowicz BS ほか・ N Engl J Med. 2006;355(18):1885-1894・無作為化比較試験 n=823)でも早産の危険は変わりませんでした (ハザード比0.93・95%信頼区間0.63〜1.37)。数値は研究の報告値で、個々の結果を保証するものではありません。

紹介したのは2つですが、これで打ち止めではありません。「◯◯を取れば△△が治る」という形の話は、歯科にも、その外にも、まだ転がっています。読み終えたあと、ご自身でも探してみてください。探すときのチェックポイントを、最後に1つだけお渡しします。

09次に、歯科の広告を見たとき

ここまで読んでいただくと、100年前と現代を貫くチェックポイントが1つ、見えてきます。「関連」と「因果」を言い分けているか、というチェックポイントです。

その説が退場したのは、着想が完全に間違っていたからではありませんでした。「関連がありそう」を「因果がある」と読み替えて、確信で歯を抜いたからです。そしてその読み替えは、いまも「根管治療歯を抜け」という亡霊や、「歯周病は万病のもと」という言い切りをはじめ、あちこちに残っています。

次にあなたが歯科の広告や情報を目にしたら、一度だけ確かめてみてください。それは「関連がある」までを言っているのか、「治せば防げる」と因果まで言い切っているのか。言い分けているかどうかで、その情報がどのくらい信じてよいものかが、だいぶ見えてきます。

これは過去の笑い話に聞こえるかもしれませんが、あなたの身近なところでも尾を引いているかもしれません。

当院は、歯を残すか抜くかを決めるとき、そして口と全身の関係を説明するときに、この「関連」と「因果」の線を引いたうえでお話ししています。判断に迷う点があれば、事前にご相談いただけます(相談はLINE/Webから)。

この記事のまとめ
  • 100年前、「口の中の感染が全身病の原因」という病巣感染説のもとで、歯や扁桃が広く取られました
  • この説が退けられたのは、着想が間違っていたからというより、対照を置かずに逸話だけで進めたやり方が、検証と批判に耐えられなかったからです
  • 科学はこの着想をあらためて検証し、いまは「歯周病は全身と独立して関連する」まで確定しました。介入で効果が示されたのは糖尿病の血糖(HbA1c 0.43%・中等度の確実性)だけです
  • この説は形を変えて、いまも尾を引いています。亡霊=「根管治療歯を抜け」(100年前に否定された説をそのまま持ち出す)と、言い切り=「歯周病は万病のもと」(いまの「関連」から出発して「因果」まで言ってしまう、同じ飛躍)。ここで紹介したのは、その一部です
  • 見分けるチェックポイントは1つ、「関連」と「因果」を言い分けているかです
参考文献
  1. Miller WD. The Human Mouth as a Focus of Infection. Dental Cosmos. 1891.
  2. Hunter W. Oral Sepsis as a Cause of Disease. BMJ. 1900;2(2065):215-216.
  3. Hunter W. The Role of Sepsis and Antisepsis in Medicine and the Importance of Oral Sepsis as Its Chief Cause. Dent Regist. 1911;65(12):579-596. PMID 33702091.(1910年マギル大学講演の活字版)
  4. Billings F. The Principles Involved in Focal Infection as Related to Systemic Disease. JAMA. 1916;67:847.
  5. Rosenow EC. Studies on Elective Localization and Focal Infection with Special Reference to Oral Sepsis. J Dent Res. 1919;1(3). DOI 10.1177/00220345190010030101.
  6. Pallasch TJ, Wahl MJ. The focal infection theory: appraisal and reappraisal. J Calif Dent Assoc. 2000;28(3):194-200. PMID 11326533.
  7. Kumar PS. From focal sepsis to periodontal medicine: a century of exploring the role of the oral microbiome in systemic disease. J Physiol. 2017;595(2):465-476.(総説)PMID 27426277.
  8. Rocca JP, et al. Focal Infection and Periodontitis: A Narrative Report and New Possible Approaches. Int J Microbiol. 2020;2020:8875612.(総説)PMID 33488729.
  9. Noll R. Historical review: Autointoxication and focal infection theories of dementia praecox. World J Biol Psychiatry. 2004;5(2):66-72.(史学的検証)PMID 15179665.
  10. Scull A. Madhouse: A Tragic Tale of Megalomania and Modern Medicine. Yale University Press; 2005.(歴史研究)
  11. Dussault G, Sheiham A. Medical theories and professional development: the theory of focal sepsis and dentistry in early twentieth century Britain. Soc Sci Med. 1982;16(15):1405-1412. PMID 6753168.
  12. Cecil RL, Angevine DM. Clinical and experimental observations on focal infection, with an analysis of 200 cases of rheumatoid arthritis. Ann Intern Med. 1938;12:577-584.(臨床報告 n=200・原本未入手/二次レビューに帰属)DOI 10.7326/0003-4819-12-5-577.
  13. Reimann HA, Havens WP. Focal infection and systemic disease: a critical appraisal. JAMA. 1940;114(1).(原本未入手/二次レビューに帰属)DOI 10.1001/jama.1940.02810010003001.
  14. Easlick KA. An evaluation of the effect of dental foci of infection on health. J Am Dent Assoc. 1951;42(6):615-697. PMID 14831976.
  15. Murray CA, Saunders WP. Root canal treatment and general health: a review of the literature. Int Endod J. 2000;33(1):1-18.(総説)PMID 11307468.
  16. Herrera D, et al. Association between periodontal diseases and cardiovascular diseases, diabetes and respiratory diseases: Consensus report of the Joint Workshop by the EFP and the WONCA Europe. J Clin Periodontol. 2023;50(6):819-841.(合意報告)PMID 36935200.
  17. Simpson TC, et al. Treatment of periodontitis for glycaemic control in people with diabetes mellitus. Cochrane Database Syst Rev. 2022;(4):CD004714.(システマティックレビュー 35試験 n=3,249)PMID 35420698.
  18. Jakovljevic A, et al. Association between cardiovascular diseases and apical periodontitis: an umbrella review. Int Endod J. 2020;53(10):1374-1386.(アンブレラレビュー)PMID 32648971.
  19. American Association of Endodontists. The Focal Infection Theory. 公式声明. https://www.aae.org/specialty/the-focal-infection-theory/
  20. Glassman G. Root canal cover up exposed. The resurgence of the refuted focal infection theory. Oral Health. 1998;88(12):3. PMID 10323133.
  21. Iheozor-Ejiofor Z, et al. Treating periodontal disease for preventing adverse birth outcomes in pregnant women. Cochrane Database Syst Rev. 2017;(6):CD005297.(システマティックレビュー 15試験 n=7,161)PMID 28605006.
  22. Michalowicz BS, et al. Treatment of periodontal disease and the risk of preterm birth. N Engl J Med. 2006;355(18):1885-1894.(無作為化比較試験 n=823)PMID 17079762.
※本記事で紹介した研究知見は一般的なものであり、個々の患者さんの結果を保証するものではありません。実際の状態や治療方針は、診察・検査のうえで判断します。
NEXT ・ 次に読む

読んでも迷うときは、
ご相談ください。

いまの状態を診たうえで、分かっていること・まだ分かっていないことを分けてお話しします。
その場で治療を決めていただく必要はありません。

※検査・治療の内容によって、保険が使えるものと使えないものがあります。診察のうえでご説明します。

LINEで相談WEB予約